天孫降臨ひむか共和国_情報誌『himuka』 天孫降臨ひむか共和国_情報誌『himuka』 天孫降臨ひむか共和国_情報誌『himuka』

2015-01

諸塚からの「しいたけ便り」

Posted on 2015-01-27

0IMG_6243

冬はほた木の世話に忙しいのです。

諸塚村は、全国に名の通った原木椎茸の一大産地。ご夫婦で力を合わせて、品評会でも優秀な賞を数多く受賞している日與川(ひよかわ)さんご夫妻の冬の作業を見せていただきました。

0IMG_6181

11月に原木の『くぬ木』を伐採する。1〜2ヶ月間山で枯らし、冬に長さを揃える『玉切り』、年明けには菌を植え付ける『こま打ち』、その後二夏が過ぎるまで寝かされ、やっと『ほた木』となる。伐採された写真のくぬ木は樹齢約20年。長い時間と手間をかけて生まれてくるのが、原木しいたけなのです。
「最初の椎茸が発生するまでに最低でも20回はほた木に触るんですよ。」と日與川さん。

0IMG_6430

0IMG_6228

しいたけが発生するようになると最初の数年はハウスで栽培。

小さな鏡は日與川さんのアイデア。椎茸の開き具合を確かめながら収穫する。一つ一つの椎茸に愛情を注いで大切に育てている証拠。

0IMG_6215

0IMG_6339

0IMG_6294

ハウスで2年ほど椎茸を発生させた『ほた木』は杉林の中の『ほた場』に移される。ここであと数年、椎茸を発生させながら、次第にその役目を終えて土へと帰っていくのです。

自慢の椎茸『香信』については次回のお楽しみに。

RSS Feed  Posted in ひむか共和国の話題 | Comments Closed

 

97番目のカーブミラーの先の温泉

Posted on 2015-01-27

97番目のカーブミラーの先の温泉に行って、

帰り道、鹿10頭とタヌキ2匹、ピーターラビット1羽に会いました。
時々ムササビにも出会います。普通に美人にも出会います。
うそだと思ったら来てみてん。

235

なんでこんげな名前をつけたとけ?
ちょっとやそっとじゃ、美人にゃならんわ。
これは悲しいけんどん、ホントの話。あっはっは〜。

夕方の日課であるウォーキング途中のフサちゃんとミフコちゃん、二人の美人に挟まれてピースサインで照れているのは、北九州から一年半前にここ延岡市上祝子に移り住んだ中原君。現在、『祝子川(ほうりがわ)温泉 美人の湯』の支配人をしている。

延岡市内から祝子川沿いに、くねくね曲がったカーブの多い道を40分もひたすらハンドルを切り続けなければたどり着かない上祝子(かみほうり)。最後のコンビニからカーブミラーの数を数えてみたが、とても正確には数え切れない。(誰かチャレンジしてみてください。くれぐれも安全運転で)
とにかく初めから正直に言っておきますが、上祝子というところはお世辞にもアクセス良好!などと言えるところではありません。細い道を運転して、対向車が来たら広いところまでくねくねにバックする技術か、相手がバックしてくれるまでニコニコし続ける愛嬌の良さと傲慢さがなければ行ってはいけない。同乗者は車に酔って突然「停めて!」と叫ぶかもしれない。落石注意の看板に落石がぶつかっていたりする光景を目の当たりにするかもしれない。突然の工事中で、40分待たされるかもしれない。でもね、そんな時は、エンジンを切って外へ出て、川のせせらぎと深い谷間の底から見上げる、あの狭い空の青さに心を吸われてみればいい。

0IMG_7527

 

大崩山も祝子川渓谷も、最近人気の神さん山も、決して近くない。そう簡単にはたどり着けない、たどり着いてもそう簡単に制覇してしまえるような、いわゆるお立ち寄りスポットではない。何度も通って、通いつめても魅力は尽きなくて、そのうちに家を買って、ここで生きていくことになってしまった人が現にいるんです、ピース。
ほら、だから・・・
まだ上祝子に行ったことのない人がいたら、カーブミラーの数を数えながら、くねくねの細い道を運転してきてください。もうそれだけでもちょっとした冒険。退屈だった毎日とは全く違う緊張感につつまれて祝子川温泉に辿り着くでしょう。

そうして絶景の露天風呂に浸かり、体はぽかぽかなのに、冷たい風に頭の芯が冷やされる不思議な感覚を味わうといい。
あなたが男性なら、背筋がピンと伸びて何やら肩の辺りの筋肉がムキムキとしてきたような気がするでしょう。もしあなたが女性なら、髪はしなやかにツヤが出て、肌はツルツルきめ細やかになった事に驚くはず。どうしても美人になったとしか思えないまま風呂上がり、火照った体を冷ますために表に出てみると、ウォーキングの途中に立ち寄ったおばちゃん達に出会う。そして、やっぱり自分が美人であることを確信するんです。なんと幸せな温泉でしょう。

夕闇が迫る頃、いよいよまたあのくねくね道に挑戦する時です。でも安心してください、そんな時間にこんな所まで車を走らせて登ってくる物好きな人はそうはいませんから。対向車も気にせず、ただタヌキはどこか?ピーターラビットはまだか?と注意深く道路の先を見ていれば良い。調子にのって飛ばし過ぎるのは危険です。車とぶつかる前に、驚いて飛び出してきた鹿にぶつかる方が確率が高いのだから。
高くそびえた道の両側の山の間から見える星たちの瞬きに見守られながら、のんびり下界に戻っていけばいい。少し美人になった自分を慈しむように。

0IMG_7713

0IMG_7563

0IMG_7577

0IMG_7902

0IMG_7891

0IMG_7906

この動物たちも、いつか中原くんのお腹に中に入ってしまうのかな?なんて・・・

上祝子でもすっかり猟師が減ってしまって鹿が増えすぎるなど、困った問題も・・・狩猟免許をとって動物たちを美味しくいただくのも山のバランスを保っていく上でいいことなのです。決して大根を狙っている訳ではありません。

0IMG_7848

RSS Feed  Posted in ひむか共和国の話題 | Comments Closed

 

炎は消えず残った

Posted on 2015-01-12

IMG_6842

静まり返った里山の夜明け前、黄金色に輝く炭焼き窯の中から白や黄色や時には青紫に揺らめく炎が勢いよく噴き出し、ごうごうと音を立てる。熱く、堅く焼き 締められた備長炭は掻き出されるたびに「キンキン」と金属のような音を立て、冷たい十二月の空気の中にあって、窯の口の周りだけがオレンジ色に照り返さ れ、働く人たちは汗ばむほどの熱気に包まれていました。

IMG_6125

土と石で築かれた窯に、樫の木を詰め、ただ一度火をつける。他にはなんの材料も燃料も用いることなく、一ヶ月以上その火を巧みに操ることだけで宇納間備長炭は生まれる。
窯出し直前に行われる最後の工程、『煉らし』は余計なガスや樹皮を燃やし切り、さらに窯の温度を千度以上に上げることで、炭をさらに堅く、強く、純粋にする。

時代の流れとともに、一時その勢いを無くそうとしていた炭焼きの炎は今、県外からの移住者という新たな担い手を得て、未来に向けてその勢いを再び増そうとしています。
美郷町北郷、穏やかな山並みと美しい里山の風景が広がる、愛すべき田舎を訪ねました。

IMG_6159

IMG_8147

宇納間備長炭は、火持ちが良く、遠赤外線効果で焼き鳥などの料理を特に美味しく調理できることから、全国の料理店で使われる質の高い木炭。
和歌山の紀州備長炭、高知の土佐備長炭と並んで、日本三大白炭と評価されています。
原木の大きさに比べると、太さで約半分、長さで約3分の2まで小さく焼きしめられる。切り口は金属のように輝き、目を凝らせば年輪までしっかり見えて、その美しさに見とれてしまうほど。

IMG_6456

IMG_6501

佐賀県出身で炭焼歴8年の狩峰さん、その奥さんから連絡が入る。
「使っている三つの窯のうち一つが、今日か明日には窯出しになるので、よかったら見に来て。」
すぐさま訪ねるが、まだ煉らしの最中。「もう少し時間がかかるね。窯出しは明日の明け方からかな?」
大きな体に髭をはやし、いかにも山の男の風貌を持つ狩峰さんは、にこやかに教えてくれる。
「炭 焼きは、初めの一ヶ月間、窯の一番奥の天井に開けた小さな穴から出てくる煙の色と、漂う匂いだけで窯の中を想像するんだよ。乾燥がうまくいってなかった り、火が強く上がりすぎたら失敗になる。どんなに慎重に焼いても焼きあがる炭は毎回違う。納得のいく炭なんて一生できないんじゃないかな?今回のこの窯も 怪しいんだ。火上げに失敗してね、、、」
その小さい穴のことを『しょうじ』と呼ぶらしい、(生死)と書く。なるほど、炭の生き死にを左右する大事な穴なのだろう。
そこに地元の炭焼き、上杉さんが様子を見に来る。狩峰さんや、他の若いIターン者たちにも炭焼きの技術を伝え、一緒になって手伝ってもくれる頼りになる先輩。今は少し広く開けられた焚き口から真っ赤に燃える窯の中を覗き込んだ後、言った。
「これは、、、もう窯出しできる。帰って一眠りして、夜中から始めたほうがいい。」

IMG_6525

IMG_6527

明け方、3時に再び窯を訪れると、もう既に小屋は熱気に包まれていました。ひとしきり真っ赤に燃える炭を出し、『すばい』と呼ぶ灰をかける。炭の火が消 えて手袋をした手で掴める温度まで冷やす15分くらいの間、椅子に座って休憩する。炭が冷えたら、太さや長さごとに揃えてカゴに入れていく。この繰り返し が延々と10時間以上も続く。

IMG_6537

IMG_6606

IMG_6619

IMG_6632

IMG_6662

IMG_6678

IMG_6682

IMG_6685

IMG_6706

IMG_6746

IMG_6830

IMG_6951

400年前から夫婦や家族だけで協力して、淡々と続けられてきた炭焼きの作業も今、少しずつ変わろうとしている。それは、狩峰さんのような、炭焼きに携 わる移住者が増えたから。炭焼きは勿論、林業や田舎での生活に全く無縁だった人たちが、ここで炭焼きを仕事としていくには、地元の人たちの理解と協力が不 可欠。住む家、窯、何トンにも及ぶ原木の確保。そして何より地域の住人として受け入れてもらうこと。その過程の中で、お互いが協力しあって、共同で作業し ていく流れが生まれてきた。
出荷先の違いや集落ごとでつながりの少なかった炭焼き同士の交流も生まれ、宇納間備長炭を文化財として後世に残して いこうとする保存会を設立するまでに至った。高度成長期には10世帯ほどに減少して、このまま消えてしまうかに思われた炭焼きの炎は、現在は約40世帯に 増え新たな輝きを増そうとしている。

頬を真っ赤にして窯に向かう狩峰さん夫婦。その様子をしばらく後ろから見ていた上杉さんの少し心配 そうな、それでいてどこか満足げな優しい眼差しは、多くの移住者を受入れ、一緒に炭焼きの炎と愛すべき里山の暮らしを守っていくことを決めた北郷の人たち の懐の深さと、根っからの優しさを象徴しているようでした。

IMG_6978

IMG_6982

RSS Feed  Posted in ひむか共和国の話題 | Comments Closed

 

北郷の昼下がり

Posted on 2015-01-12

IMG_6029

ある昼下がり、大阪からのIターン者で炭焼きを営む柄さんの家に子育て中のお母さんたちが集まっていた。皆、県外から北郷に移り住んだ家族ばかり。この日は共同で栽培した大豆の収穫日。ついでに手作りのパンやお菓子で一緒に昼食。
子どもたちは寒空の田んぼに駆け出して遊ぶ。お母さんたちは思い思いにお茶を飲んだり、編み物をしたりしながら会話している。田舎ならではの、オーガニックな暮らしを心から楽しんでいる様子。ゆったりと暮らし、おおらかに子どもたちが育っていくのだろう。

薪ストーブに当たりながら柄さんに話を聴く「地元の人たちが残してくれたこの環境と、この生活に心から感謝しているんです。ここでは、ひとつひとつの行動と生きていくことが直接つながっている。これからも北郷の暮らしと環境を残していきたいと思います。」

IMG_6028

IMG_6032

思い思いにくつろぐ昼下がり。

IMG_6039

収穫した大豆はみんなで味噌に仕込む。

IMG_6035

柄さんの窯場を覆う屋根の材料になる竹。

IMG_6040

柄さん家族が暮らす古民家。立派な造りの建物もこの地域の宝物だと柄さんは語った。

IMG_6055

IMG_6045

柄さん

IMG_6085

帰り道に、神奈川出身で大工の日比野さんを訪ねる。自分のペースで子どもたちに使ってもらえるような家具や遊具を作っていきたいと、語ってくれた。

IMG_6098

IMG_6086

IMG_6109
この田舎では、今まで見過ごされてきた何かが、新しい価値として見直されようとしている。それは実は普遍的で、しかも今の日本にあってはとても先進的な価値感なのではないかと思えて仕方ありませんでした。

RSS Feed  Posted in ひむか共和国の話題 | Comments Closed