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ひむか共和国の話題

日之影の実りを無駄にしない。

Posted on 2017-02-15

日之影町の急な斜面に張り付くように建つ年代ものの住宅。暮らすのは千葉県出身の岡田さん、緑のふるさと協力隊員として地域支援などのボランティアを行なってきました。任期が終わった後も日之影に残り、ここで生産されるゆずや栗、やまもも、梅などを活用した加工品を生産しています。少し傷が入って販売されない実や、庭にたくさん実っていても誰にも収穫されずに朽ちて行く実を、丁寧に加工して日の目を当ててあげる。岡田さんの『実ったものを無駄にしない』という精神がたくさんの優しい甘さの商品を生み出しています。

材料を格安で、時には無償で分けてもらう代わりに、農家さんの作業を手伝うことも。消防団活動や地区に古くから伝わる歌舞伎の伝統も守る、岡田さん自身も日之影を『てらす』存在になっているようです。

傷ものの栗、一つずつ丁寧に傷の入ったところを取り除いて行く。

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最近、行っていますか?喫茶店

Posted on 2015-07-01

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カラン、コロンとベルの鳴る木製のドアを引いて店内へ。そこには決まって冷んやりとしていて、しかも香ばしい空気と有線放送の音楽が漂っている。
このページをめくった四十代以上の方なら殆んどの人がノスタルジックな気分と共にこう思うに違いない。
「最近、行ってないなぁ、喫茶店。」

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延岡には、そんな郷愁をそそる喫茶店が意外に多く存在します。その殆んどは昭和から平成に時代が変わろうとしていた頃、漫画や雑誌、テーブルゲームが置 かれ、若者達が少し大人な自分に酔いしれながら「レイコー」と呼ばれたアイスコーヒーや、どうしても最後の一粒がスプーンですくえずに思わずカチャカチャ お皿を鳴らしては彼氏の前で赤面してしまった「ピラフ」や、あま〜いクリームにほろ苦いチョコレート、こんなに美味しいものがこの世にあるの?とさえ思っ た「パフェ」などを注文していた頃に開店したり、経営を引き継いだお店たちです。

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あれから三十年、今やインターネット、スマホ時代コンビニでお にぎり、 入れたてコーヒー。喫茶店という言葉は耳にする機会をめっきり減らし、コーヒーを飲むのは背の高いイスに座り人通りに面したガラスに向いてイヤホンで音楽 を聴きながら、というスタイルが普通になってしまった感さえあります。
でもね、どっこい生きている喫茶店に久しぶりに行ってみると、きっと皆さ ん思い出すはず。そこに流れているのは、バタバタと慌ただしい時間ではない。とっぷりとした革の椅子に深く沈み込み、オレンジ色の照明の優しさに包まれ、 たった一人でも、気のおけない相手とでも、どっちにしたってゆったりと、他の誰のことも気にせずに自分だけの贅沢な時間を過ごすことが出来る、至福の時間 を買うところ、それが喫茶店であることを・・・

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亜珈は昭和五十年代から現在まで、ずっと変わらずに多くのお客さん達に愛され続けている喫茶店。大きな会社やショッピングセンターの近くにあるという条件もあるのかもしれないが、ランチの時間ともなると一階と二階の席が埋まるほどの人気です。

山本さんご夫妻は、仕事の合間の休憩や、時には大事な打ち合わせを兼ねて訪れるお客さん達に、ゆったりくつろげる空間を提供するのと同時に、まるで大切な 家族に食事やコーヒーを作ってあげる気持ちで接しているよう。シンプルだけど一から手作りする料理もその気持ちの現れ。単身赴任のサラリーマンには野菜を たっぷりとってもらいたい。趣味の話がしたいお客さんにはカウンター越しにゆっくり話し相手になる。

時々、常連さんが入ってきたかと思 うと店内を通りすぎて軽く手を上げながら裏口から出て行く。どうやら、店が玄関を構える路地と裏口が面しているバス通りとの連絡通路にもなっているようで す。そんな様子をご夫婦はニコニコ見守る。あぁ、この喫茶店は、どんなにコンビニが増えても、流行のカフェが周りに出来たとしても、いつまでも残っていく のでしょうね。

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延岡の愛すべき喫茶店、お気に入りの一軒を自分の足で見つけるのも面白いと思いますよ。

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となりはトトロ

Posted on 2015-06-30

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門川駅の朝です。ベンチに座っておしゃべりしながらプリントをめくる女子高生三人。今日はテストの日だから少し遅く登校してもいいんだけど、やっぱりいつ もと同じ列車で仲良く通学してきた。余った時間に駅のベンチでテスト勉強の追い込みというわけです。それにしては緊張感を感じさせないリラックスした笑顔 なのは、きっと自信があるんだね。

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大きな荷物を背負って現れたのは、遠く札幌から椎葉に旅をしてきたという登山仲間のご婦人たち。
「椎葉の山と民宿、最高だったわよー。」大満足で帰路へつくところ。となりはトトロの看板でハイ、チーズ!

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上り特急の出発時間が近づく頃訪れたのは、初めてここから列車に乗って博多へと帰る橋崎さん。窓口で受け取った切符を手に少し戸惑っている様子。
「こんな切符は初めてです・・・博多駅の自動改札は通れませんよね。」
そうそう、だってこの切符、行き先はゴム印で押してあるし、料金は手書きでしたためられているし、裏面も真っ白で磁気なんてどこ吹く風?的な、全くアナログな、まるで古き良き時代の切符なのですから。
「め、めずらしいですよね・・・」と苦笑いの橋崎さんに、この切符はね・・・鉄道ファンに大人気の、実は貴重な手書き切符なんですよ!と教えてあげると、照れくさそうに写真を撮らせてくれました。

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さて午前8時近く、延岡から普通列車が到着すると、これはびっくり、予想外にたくさんの高校生が降りてきました。楽しそうにはしゃぐ女子高生たちのにぎやかなこと。今日はテストだよ、みんな頑張れ!

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その後の駅はのんびりと、のどかな時間が流れます。大好きな先生のいる日向の病院に、まるでデートにでも向かうように楽しそうに出かけていくお母さんとひ としきり話しをして、手を振って見送った後、ふと反対側のホームを見ると、色とりどりの花が鮮やかな花壇を黙々と手入れする人たちがいます。彼らは『西の 丸一善の会』の皆さん。三百人近い社員の先頭に立って日々様々な奉仕活動に取り組む西谷会長は額の汗をぬぐいながら穏やかに答えてくれました。「ただ、感 謝の気持ちを一日一善で表しているだけです。」
こんな人たちのおかげで、駅は今日もたくさんの人の心安らぐ、ささやかな旅の舞台であり続けられるのですね。手作りの温もりが感じられるのは切符だけではありませんでした。
となりはトトロ、日向と延岡の間にある門川駅から手書きの切符で小さい旅を・・・次は延岡を訪ねてみましょう。

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工場夜景

Posted on 2015-06-30

工都延岡の夜景

昼間の町並みと違った魅力があるでしょ。

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日之影の楽しみ方〜バイパスをビューんと走ったのではもったいない。

Posted on 2015-05-09

バイパスをビューんと走ったのではもったいない。

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延岡から高千穂へ、その先の阿蘇・熊本へ。誰もが早く着きたい!と急ぐ時代、国道218号はビュンビュンビュビューンと疾走する車ばかり。でもそれは深く刻まれた谷間に架かる高い高い橋とトンネルを通るバイパスルートの話。ほんの二十年程前までは、まだまだ五ヶ瀬川沿いの谷間を走るルートが現役だったのであります。
(ん?別に急ぐことはないんじゃないかな?)そんな心の余裕がある人は是非とも旧道を走ってみるのがよろしい。バイパスに架かる橋を真下から見上げる。断崖絶壁にほとばしる泉の水を飲む。廃線となった高千穂鉄道の鉄橋が川面に映る。急いで走り抜けては出会えない景色に心奪われること間違いなしです。

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そんな旧道沿いの深い谷間にあるのが日之影町役場。周りには、なんだかとても懐かしい商店街。役場の駐車場に車を停めてぶらり、はじからはじまで歩いてみますか。

商店街の西の端にひときわ目を引くレンガの煙突。創業天保二年、麦やもち米・そば・芋など様々な焼酎を作りつづける姫泉酒造の工場と店舗です。麦の『ほしゃどん』、芋の『御幣』など神楽にちなんだ名前の焼酎を紹介してくれた姫野寛彰さんと奥からトコトコ駆け出して来た娘の凛ちゃん、にっこり笑ってハイ、パチリ。

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買った御幣一升瓶をぶらさげて商店街を役場方面へ戻ってみます。軒先に生活必需品をうず高く積み上げた店や、ラジオ店という名前の電気屋さん、駄菓子がずらりと並んだ釣り具屋さん・・・味わい深い店々を楽しみながら歩いていくと、ついに見つけた!こんな旅にはうってつけの食堂。のれんをくぐって声をかけても返事はなし。台所の水道はじゃんじゃん滝のように出しっぱなし、黒光りするガスコンロの奥には薪のカマドまであって、これまた大衆食堂としては理想的なメニューと値段の札が微風に揺れています。無いのは人の気配だけ。心の底から残念に、あきらめかけて外に出ると道の反対側で洗濯物を干すおばちゃんがこっちを向いてキョトンとされているではないですか。
「あの・・・ご飯たべれますか?」
「ハイ、食堂だもの」

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それから後はお察しの通り、強気で商売っ気なしのおばちゃん(佐藤みさ子さん、八十歳)と、役場が休みの日曜日で客が来るもんかと決めつけている所に、ひょっこり訪れた客とのあまり噛み合わない会話の間に親子丼が出来上がり、おばちゃんはまた興味なさ気に台所へ戻っていく。
とにかく、親子丼は抜群に美味しかったこと。「しまのや」という名前は先代のおばあちゃんの名前だったということだけは、ご紹介しておきます。
バイパスをビューんと走ったのでは決して味わえない、のんびりした日之影の魅力、一度味わって欲しいなぁ。

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諸塚からのしいたけ便り、春

Posted on 2015-04-30

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「美しい」としか言いようが無い。震災の影響で風評被害を被って国産しいたけの価格は長く下がっています。少しずつ回復の兆しが見え始めたとはいえ、まだまだ厳しい状態が続いています。

そんな中、淡々と丁寧に美しい椎茸をつくり続ける日與川さんご夫妻を秋から春にかけて取材しました。心温まる穏やかな交流の中で感じたこと、それは多くの人にこの『香信』の美しさと、それを育む人、そして諸塚の山の素晴らしさを知って欲しいということ。そして、日本中の人が日本の干し椎茸をもっと食べて欲しいということ、それは日本の山を、暮らしを守ることにつながるかもしれないから。

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去年の秋に伐採されたくぬ木の原木を山で枯らし、年明けに長さを揃える『玉切り』。重い原木を一か所に集めてくるのは大変な作業。

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『こま打ち』は原木に椎茸の菌を植え付ける作業、ドリルで穴をあけ、カナヅチで種ごまを打ち込む。

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こま打ちを終えた原木は、松林に『伏せ込み』二夏を過ごす。この間に菌が原木全体にまわって、ほた木となる。

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伏せ込みから2回目の秋には、いよいよ椎茸が発生しはじめる。ほた木をハウスに入れて、ちょうど良い大きさに育った頃を見計らって大切に収穫していく。

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干し椎茸にするための室。乾燥には機械も使うが、仕上げはやっぱり薪を使ったこの室で行う。絶妙な温度でじっくり乾燥させる。

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出来上がった『香信』。カサの丸まった『どんこ』と違って香信は、程良く開いた状態のものを言う。美しく質の揃った香信をこれだけ揃えるのは数々の賞に輝いたプロならではの為せる技。

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長さを揃えるために切られた原木の切れ端は日與川さんの丁寧さと椎茸に対する愛情の現れです。照れ屋の日與川さんご夫妻に「ありがとうございました。」と告げて山をおりました。

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粉と水と塩で幸せ

Posted on 2015-04-16

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3月のある日、五ヶ瀬町鞍岡のパン屋さんを訪ねました。約束の時間に間に合うように延岡を出発した僕に、スタッフからメッセージが・・・

「雪が降っているので、チェーンがないと危ないかも・・・」

と、ラクルさんから連絡がありました。

「ま、行けるところまで行ってみる。」

そんな寒い日の取材でした。

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五ヶ瀬、鞍岡は祇園山の麓、盆地のような集落。古代の地層を通って湧き出す妙見神水と小麦粉と塩をつぎ足しつぎ足し育てた酵母(上写真)を使って焼かれるパンがある。酵房樂流(ラクル)。

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関東生まれの佐藤暢晃さん、利律子さんの二人は、沖縄で出会った。琉球ガラス職人と織物作家はその後、加計呂麻島に渡ってパン屋を開いた。そして二年前、利律子さんのご両親が県北、鹿川に移住していた縁で、この鞍岡に移って来た。家を借り、敷地に暢晃さんは樂流の建物を自力で建て、窯を築いた。時間をかけて酵母を育て、薪を集め、野菜をつくってきた。月曜から水曜までは、創作や薪集めに充て、木曜から日曜までパンとピザを焼く。「昔からある自然な作り方で、まるで、田舎のおばちゃん達が味噌や漬物を作るように・・そんなパンやピザを作りたいんです」と暢晃さん。

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利律子さんは、店の手伝いをしながら、綿や麻の他、和紙を細かく裂いて糸を紡いで機を織る。着物の反物、帯、ショールは緻密にくり返す模様が美しい。今は四月の東京での個展に向けて作品を作っている。細かい糸が縦と横に組み合って一筋ずつ織り成されているその織物を見ていると、二人の暮らしと重なって見えてくる。

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時間と手間をかけて積み重ねていく事の美しさ。早い事、便利な事が決して良い事とは限らない。余分な物をしょい込まず、本当に必要なものを大切に育てていく意味と楽しさを二人は食べ物と織り物で表現しているよう。
樂流という店の名は、そういう暮らしを流れるように楽しむという意味。写真に焼きついた二人の笑顔が何よりもそれを物語っていた。

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諸塚からの「しいたけ便り」

Posted on 2015-01-27

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冬はほた木の世話に忙しいのです。

諸塚村は、全国に名の通った原木椎茸の一大産地。ご夫婦で力を合わせて、品評会でも優秀な賞を数多く受賞している日與川(ひよかわ)さんご夫妻の冬の作業を見せていただきました。

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11月に原木の『くぬ木』を伐採する。1〜2ヶ月間山で枯らし、冬に長さを揃える『玉切り』、年明けには菌を植え付ける『こま打ち』、その後二夏が過ぎるまで寝かされ、やっと『ほた木』となる。伐採された写真のくぬ木は樹齢約20年。長い時間と手間をかけて生まれてくるのが、原木しいたけなのです。
「最初の椎茸が発生するまでに最低でも20回はほた木に触るんですよ。」と日與川さん。

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しいたけが発生するようになると最初の数年はハウスで栽培。

小さな鏡は日與川さんのアイデア。椎茸の開き具合を確かめながら収穫する。一つ一つの椎茸に愛情を注いで大切に育てている証拠。

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ハウスで2年ほど椎茸を発生させた『ほた木』は杉林の中の『ほた場』に移される。ここであと数年、椎茸を発生させながら、次第にその役目を終えて土へと帰っていくのです。

自慢の椎茸『香信』については次回のお楽しみに。

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97番目のカーブミラーの先の温泉

Posted on 2015-01-27

97番目のカーブミラーの先の温泉に行って、

帰り道、鹿10頭とタヌキ2匹、ピーターラビット1羽に会いました。
時々ムササビにも出会います。普通に美人にも出会います。
うそだと思ったら来てみてん。

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なんでこんげな名前をつけたとけ?
ちょっとやそっとじゃ、美人にゃならんわ。
これは悲しいけんどん、ホントの話。あっはっは〜。

夕方の日課であるウォーキング途中のフサちゃんとミフコちゃん、二人の美人に挟まれてピースサインで照れているのは、北九州から一年半前にここ延岡市上祝子に移り住んだ中原君。現在、『祝子川(ほうりがわ)温泉 美人の湯』の支配人をしている。

延岡市内から祝子川沿いに、くねくね曲がったカーブの多い道を40分もひたすらハンドルを切り続けなければたどり着かない上祝子(かみほうり)。最後のコンビニからカーブミラーの数を数えてみたが、とても正確には数え切れない。(誰かチャレンジしてみてください。くれぐれも安全運転で)
とにかく初めから正直に言っておきますが、上祝子というところはお世辞にもアクセス良好!などと言えるところではありません。細い道を運転して、対向車が来たら広いところまでくねくねにバックする技術か、相手がバックしてくれるまでニコニコし続ける愛嬌の良さと傲慢さがなければ行ってはいけない。同乗者は車に酔って突然「停めて!」と叫ぶかもしれない。落石注意の看板に落石がぶつかっていたりする光景を目の当たりにするかもしれない。突然の工事中で、40分待たされるかもしれない。でもね、そんな時は、エンジンを切って外へ出て、川のせせらぎと深い谷間の底から見上げる、あの狭い空の青さに心を吸われてみればいい。

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大崩山も祝子川渓谷も、最近人気の神さん山も、決して近くない。そう簡単にはたどり着けない、たどり着いてもそう簡単に制覇してしまえるような、いわゆるお立ち寄りスポットではない。何度も通って、通いつめても魅力は尽きなくて、そのうちに家を買って、ここで生きていくことになってしまった人が現にいるんです、ピース。
ほら、だから・・・
まだ上祝子に行ったことのない人がいたら、カーブミラーの数を数えながら、くねくねの細い道を運転してきてください。もうそれだけでもちょっとした冒険。退屈だった毎日とは全く違う緊張感につつまれて祝子川温泉に辿り着くでしょう。

そうして絶景の露天風呂に浸かり、体はぽかぽかなのに、冷たい風に頭の芯が冷やされる不思議な感覚を味わうといい。
あなたが男性なら、背筋がピンと伸びて何やら肩の辺りの筋肉がムキムキとしてきたような気がするでしょう。もしあなたが女性なら、髪はしなやかにツヤが出て、肌はツルツルきめ細やかになった事に驚くはず。どうしても美人になったとしか思えないまま風呂上がり、火照った体を冷ますために表に出てみると、ウォーキングの途中に立ち寄ったおばちゃん達に出会う。そして、やっぱり自分が美人であることを確信するんです。なんと幸せな温泉でしょう。

夕闇が迫る頃、いよいよまたあのくねくね道に挑戦する時です。でも安心してください、そんな時間にこんな所まで車を走らせて登ってくる物好きな人はそうはいませんから。対向車も気にせず、ただタヌキはどこか?ピーターラビットはまだか?と注意深く道路の先を見ていれば良い。調子にのって飛ばし過ぎるのは危険です。車とぶつかる前に、驚いて飛び出してきた鹿にぶつかる方が確率が高いのだから。
高くそびえた道の両側の山の間から見える星たちの瞬きに見守られながら、のんびり下界に戻っていけばいい。少し美人になった自分を慈しむように。

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この動物たちも、いつか中原くんのお腹に中に入ってしまうのかな?なんて・・・

上祝子でもすっかり猟師が減ってしまって鹿が増えすぎるなど、困った問題も・・・狩猟免許をとって動物たちを美味しくいただくのも山のバランスを保っていく上でいいことなのです。決して大根を狙っている訳ではありません。

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炎は消えず残った

Posted on 2015-01-12

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静まり返った里山の夜明け前、黄金色に輝く炭焼き窯の中から白や黄色や時には青紫に揺らめく炎が勢いよく噴き出し、ごうごうと音を立てる。熱く、堅く焼き 締められた備長炭は掻き出されるたびに「キンキン」と金属のような音を立て、冷たい十二月の空気の中にあって、窯の口の周りだけがオレンジ色に照り返さ れ、働く人たちは汗ばむほどの熱気に包まれていました。

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土と石で築かれた窯に、樫の木を詰め、ただ一度火をつける。他にはなんの材料も燃料も用いることなく、一ヶ月以上その火を巧みに操ることだけで宇納間備長炭は生まれる。
窯出し直前に行われる最後の工程、『煉らし』は余計なガスや樹皮を燃やし切り、さらに窯の温度を千度以上に上げることで、炭をさらに堅く、強く、純粋にする。

時代の流れとともに、一時その勢いを無くそうとしていた炭焼きの炎は今、県外からの移住者という新たな担い手を得て、未来に向けてその勢いを再び増そうとしています。
美郷町北郷、穏やかな山並みと美しい里山の風景が広がる、愛すべき田舎を訪ねました。

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宇納間備長炭は、火持ちが良く、遠赤外線効果で焼き鳥などの料理を特に美味しく調理できることから、全国の料理店で使われる質の高い木炭。
和歌山の紀州備長炭、高知の土佐備長炭と並んで、日本三大白炭と評価されています。
原木の大きさに比べると、太さで約半分、長さで約3分の2まで小さく焼きしめられる。切り口は金属のように輝き、目を凝らせば年輪までしっかり見えて、その美しさに見とれてしまうほど。

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佐賀県出身で炭焼歴8年の狩峰さん、その奥さんから連絡が入る。
「使っている三つの窯のうち一つが、今日か明日には窯出しになるので、よかったら見に来て。」
すぐさま訪ねるが、まだ煉らしの最中。「もう少し時間がかかるね。窯出しは明日の明け方からかな?」
大きな体に髭をはやし、いかにも山の男の風貌を持つ狩峰さんは、にこやかに教えてくれる。
「炭 焼きは、初めの一ヶ月間、窯の一番奥の天井に開けた小さな穴から出てくる煙の色と、漂う匂いだけで窯の中を想像するんだよ。乾燥がうまくいってなかった り、火が強く上がりすぎたら失敗になる。どんなに慎重に焼いても焼きあがる炭は毎回違う。納得のいく炭なんて一生できないんじゃないかな?今回のこの窯も 怪しいんだ。火上げに失敗してね、、、」
その小さい穴のことを『しょうじ』と呼ぶらしい、(生死)と書く。なるほど、炭の生き死にを左右する大事な穴なのだろう。
そこに地元の炭焼き、上杉さんが様子を見に来る。狩峰さんや、他の若いIターン者たちにも炭焼きの技術を伝え、一緒になって手伝ってもくれる頼りになる先輩。今は少し広く開けられた焚き口から真っ赤に燃える窯の中を覗き込んだ後、言った。
「これは、、、もう窯出しできる。帰って一眠りして、夜中から始めたほうがいい。」

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明け方、3時に再び窯を訪れると、もう既に小屋は熱気に包まれていました。ひとしきり真っ赤に燃える炭を出し、『すばい』と呼ぶ灰をかける。炭の火が消 えて手袋をした手で掴める温度まで冷やす15分くらいの間、椅子に座って休憩する。炭が冷えたら、太さや長さごとに揃えてカゴに入れていく。この繰り返し が延々と10時間以上も続く。

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400年前から夫婦や家族だけで協力して、淡々と続けられてきた炭焼きの作業も今、少しずつ変わろうとしている。それは、狩峰さんのような、炭焼きに携 わる移住者が増えたから。炭焼きは勿論、林業や田舎での生活に全く無縁だった人たちが、ここで炭焼きを仕事としていくには、地元の人たちの理解と協力が不 可欠。住む家、窯、何トンにも及ぶ原木の確保。そして何より地域の住人として受け入れてもらうこと。その過程の中で、お互いが協力しあって、共同で作業し ていく流れが生まれてきた。
出荷先の違いや集落ごとでつながりの少なかった炭焼き同士の交流も生まれ、宇納間備長炭を文化財として後世に残して いこうとする保存会を設立するまでに至った。高度成長期には10世帯ほどに減少して、このまま消えてしまうかに思われた炭焼きの炎は、現在は約40世帯に 増え新たな輝きを増そうとしている。

頬を真っ赤にして窯に向かう狩峰さん夫婦。その様子をしばらく後ろから見ていた上杉さんの少し心配 そうな、それでいてどこか満足げな優しい眼差しは、多くの移住者を受入れ、一緒に炭焼きの炎と愛すべき里山の暮らしを守っていくことを決めた北郷の人たち の懐の深さと、根っからの優しさを象徴しているようでした。

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